飛騨産業株式会社

「愛することから始める」

2回目の記事でご紹介するのは、岐阜県高山市に本社を構える飛騨産業株式会社(以下、飛騨産業)。マテックス株式会社が運営するサードプレイス「HIRAKU IKEBUKURO 01 SOCIAL DESIGN LIBRARY」にて講演された代表・岡田明子さんのお話から、Lovable company研究員・渡辺が「顧客に愛される企業の秘訣」を探究します。

「飛騨の家具」を国際的な価値に高めた功績を持つ飛騨産業は、地元有志9名によって立ち上げられました。2000年には、ホームセンター経営の手腕を買われた岡田贊三氏が代表に就任してさまざまな革新で成功を遂げる中、2021年に岡田氏の娘・明子さんが代表取締役に。「父親のようなカリスマ的な経営は自分にはできない」と感じた明子さんは、どのように会社の企業文化に寄り添ってきたのでしょうか。

(ライター 渡辺優)

先代のマネジメントと製品のイノベーションで礎を確立

飛騨という地域は、太古より豊かな森林文化が育ち、飛鳥時代には寺社仏閣建築の担い手である「飛騨の匠」と呼ばれる職人集団が存在していました。主な資源であるブナは雑炭か下駄の歯程度の用途しかありませんでしたが、曲木(まげき:木材を蒸して水分を含ませ、熱を加えて形を変えて乾燥させる曲線的な形状を作る技術)を活用した木家具を発端とし、今日では地場の基幹産業となり、全国的なブランド展開につながっています。

先代で明子さんの父親である岡田贊三氏は、経営難に陥っていた飛騨産業を立て直すために代表に指名されました。すでに自身のホームセンター事業を大手企業に売却し、引退を考えていた岡田氏でしたが、職人ではないからこその木材業界の常識を覆すような新しい発想でさまざまな改革を行っていきます。

その代表例が、「HIDA」プロジェクトです。このプロジェクトでは、飛騨の伝統技術である曲木技術や加熱圧縮技術を杉に応用し、家具用材として新たな価値を創出しました。この革新的な取り組みは、ミラノサローネで発表され、飛騨産業の国際的評価を高める結果となります。また、本来は使用されない「節」のある木材を独特の「個性」と捉えた製品シリーズ「森のことば」を発表。これは世界に一つだけの作品として、商品価値を高めることにも成功します。

製品シリーズ「森のことば」
製品シリーズ「森のことば」(飛騨産業HPより抜粋)

さらに、岡田氏はエコロジーとエコノミーの両立を目指し、「きつつき森の研究所」を設立しました。ここでは杉のエッセンシャルオイルの抽出に成功し、土壌改良材として国内の大手メーカーへの納品を行っています。これらの取り組みは、飛騨産業の持続可能な成長に大きく貢献しており、未来への強固な基盤を築いています。

このように、職人たちが始めた会社は経営の達人が加わることによって、伝統と革新を融合させながら経営改革が行われてきました。そんな中、明子さんの事業継承への時が近づいていきます。

社員の信頼獲得のために、理念改革とリブランディングを決心

高校まで飛騨高山で育ち、幼少期から父親の経営者としての姿を見ていた明子さんは、自身もいつか企業を継ぐかもしれないと感じていました。

大学を卒業後は、株式会社ユニクロ(以下、ユニクロ)に入社。4年半の在籍中に4店舗でマネジメントの経験を積み、2011年に飛騨産業に入社します。工場での勤務を経て、「販売の現場を知っておくべき」という父親の意向から、名古屋の営業所へ異動。ハウスメーカーや大手家具チェーンを担当しました。ユニクロ時代の経験を活かし、好業績を上げることに成功します。

そして入社から10年が経過し、明子さんが代表に就任するタイミングが訪れます。自らも社長になる覚悟を持っていたものの、まだまだ社内からの信頼を獲得していく途上であると感じている最中でした。

創業100周年が間近にあったこともあり、リブランディングを模索し始めました。当時、企業の取り組みの中心となる企業理念は存在まではするものの、社員間での共感が足りず、会議などで唱和される程度。そこで、企業理念を更新し、その理念を中心とした展開を考えます。飛騨産業への愛情には一番の自信がありました。

「次の100年を目指すこのタイミングで、みんなで歩むための言葉を企業理念として言語化し、ともに進むことが先代とは異なる自分らしいスタイルだ」

そういった思いでリブランディング・プロジェクトを始めました。

まず、若手社員と共にチームを編成し、言語化をスタート。2年間のディスカッションを経て、中心となる理念に「飛騨を木工の聖地とする」を策定。そして4つの価値観を掲げました。

飛騨産業「4つの価値観」

「飛騨産業が背負うべきものは、商業100年の歴史ではない。1000年以上の歴史を持つ”飛騨の匠の存在”であり、飛騨を代表する企業であるという誇りだ」

スタッフの反応としてはさほど大きくなく、同時に着手したロゴの変更には大きな反対意見も寄せられました。「理念という形のないものに対してのディスカッションではなく、現場仕事への改善こそ必要だ」という意見がスタッフから上がるのもわかります。明子さんとしても、またスタッフ側としても苦しい時間であったそうです。

企業理念更新後は、その理念を実用的なものにしていくために、理念をベースとした中期経営計画を策定し、実現するためのアクションに落とし込んでいくことを実施してきました。

その具体的なアクションプランの一つが、飛騨高山に訪れる年間500万人のうちの1%にショールームを訪問していただくことを目標に掲げた「飛騨5万人プロジェクト」です。ショールームのリニューアルや「森の香りの研究所」の開設、ゆかりの作家の作品を集めたクラフトマーケットなどをつくりました。これにより、目標は未達でありながらも前年比で大幅な来訪者数の増加を達成。取り組みの成果を実感してきています。

理念を中心にみんなで経営していくスタイルを

二つ目の施策として行ったのが、企業理念浸透のための対話会です。社員全員を対象に40名ほどのグループに分け、新しい理念を自分の言葉で語るよう促しました。そうすると社員は、まずは自分の頭で考えて言葉にする、ということをしてくれます。これを少なくとも年に1回は繰り返すことを実施しています。

強いリーダーシップに慣れていた社員たちにとって、明子さんの「みんなで考え行動する」というスタンスは新鮮であり、戸惑いも大きかったようです。日常の現場では闊達に意見を伝えてくれるのに、公式な場では発言が控えめになり、上司の顔色をみて行動する傾向がある。そんな中で企業理念を決め、それをベースに事業を進めることは、社長として成長していく過程において大きい挑戦であったそうです。

新しい企業理念が決まるまでの2年間、明子さんは時に熱く語り、衝突し、議論をしながらも飛騨産業への深い愛情を持ち続けました。「この会社が、社会に本当に必要だ」という信念が彼女を支えたのです。先代が経営危機の際に自身の資金を注ぎ込んで会社を立て直したこともあり、この過程に携われる喜びが彼女の強いコミットメントを育んでいきました。

当初は先代のリーダーシップとのギャップに悩み、埋めようともがいていました。しかし先代と明子さんでは時代が違う。その背中を追いかけるのではなく、自分らしいスタイルを見つけることが大事。今振り返ると、「変えられないものを変えようと無理をしていた自分に気づいた」と言います。

ありたい姿を言語化・数値化することで、一人の強いリーダーが会社を牽引する経営から、理念を中心にみんなで対話をしながら自律的に動き出す経営へ、変化を起こしていく。「飛騨を木工の聖地とする」という理念と、それを実現するためのアクション。この一貫性のあるわかりやすい形態によって、社員が自分で考え行動する経営スタイルができあがりました。

新しい経営スタイルは採用戦略にも影響を与えています。飛騨以外の地域からの採用の増加だけでなく女性の採用比率も高まり、現在は全社員の32%が女性で、過去10年間の採用で男女比率が半分に達しています。作業工程も女性が活躍しやすいように変更され、重たいものを運ばなくても良いような工程が導入されています。

時代に求められる理念を実現する取り組み

会社の新理念が策定されて社内で起きた変化の他に、実際に行われている施策の特徴も見てみましょう。

サステナブルな研究開発型のプロジェクトの推進
飛騨産業では、エコやサステナブルの視点を持って多くの施策が行われています。その視点は、先代がホームセンター経営時代から実施してきたもので、現在の飛騨産業にも受け継がれているとのこと。例えば、昨年は温泉熱を活用して木材を乾燥させる設備を稼働させました。年間で千㎥の木材乾燥が可能なのですが、熱源を温泉とすることで、約68万リットルの化石由来燃料の削減が見込まれます。
また杉を蒸留して得られる成分「カウレン」が植物の成長に良い影響を与えることが発見され、気候変動等で農作物の収穫減が危ぶまれている中、農業資材として化けるのではと、新たな可能性が注目されています。

卸との関係性
自社だけではすべてのお客様に届けることは困難なため、数年前から「HIDA Partners」という制度を開始。企業理念やビジョンに共感し、長くお付き合いをしていただいているお客様を認定し、そこだけでしか販売できない製品を卸しています。またパートナーには飛騨高山での研修やセミナーにも参加してもらっています。

商品を選ぶ顧客体験に工夫を
飛騨産業のショールームには「椅子と珈琲」というカフェがあります。顧客はコーヒーを飲みながら、カフェにある椅子だけではなく、ショールームにあるすべての椅子に座ることができ、くつろぎながら製品を体験することができます。これは昔から社員の声であがっていたアイデアで、ようやく実現に至ったそうです。受注発注方式での生産であるために、オーダーの設計図はすべて保存し、追加の注文が可能です。壊れた商品の修理もいつでも行います。

これらの施策は、飛騨産業のサステナブルで顧客中心の経営スタイルを具体化し、顧客の信頼を深める助けとなっています。

志を持ち、時代に必要とされる価値を提供し続ける

最後に「顧客に選ばれ、未来を創り出す企業に必要なこととは?」という問いには、

「志を持って事業を進めている企業であり、そして時代に必要とされる価値を提供できる企業」

と回答されていました。始終、笑顔で飛騨産業について語られる明子さん。その表情や声から、飛騨の地、そして飛騨産業を心から敬愛する気持ちが伝わってきました。

先代の強いリーダーシップによる経営から、理念を中心とした経営に舵を切った飛騨産業は変貌を遂げつつあります。“トップが一番の会社のファンである”という明子さんの情熱とビジョンが多くの人を巻き込み、企業文化を醸成しながら、その未来をみんなで力強くつくっていくのではないでしょうか。

【企業】飛騨産業株式会社 【地域】日本(東京) 【規模】439名(2023年10月) 【業種】家具インテリア用品の製造販売 / 自然エネルギーによる発電事業 / 林業 / 製材業 【HP】https://hidasangyo.com/