藤原印刷株式会社

「表現者を支え、世界につなげる」

今回ご紹介するのは、1955年にタイプ社として創業した藤原印刷株式会社(以下、藤原印刷)。2023年10月18日「HIRAKU IKEBUKURO-01 SOCIAL DESIGN LIBRARY(以下、HIRAKU)」にて開催されたイベント、「顧客に選ばれ未来を創り出すビジネスのつくりかた」での藤原さんのお話しから、Lovable company研究員・合田が「顧客に愛される企業の秘訣」を探究してみます。

産業革命以後、印刷業は拡大を続けてきた業界ですが、インターネットが登場した1980年代以降はデジタル化が進み、若い世代による活字離れや環境保護の観点からのペーパーレス化、そして流通革命における電子書籍版の登場など、業界は大幅な縮小傾向にあり、藤原さん自身も周りから「印刷業界、大変だね」と言われ続けてきたそうです。そのなかでも藤原印刷は新たな顧客を獲得し、昨年の粗利は過去最高を更新しました。どのようなきっかけや取り組みを経て、藤原印刷は顧客に愛され、新たな道を創出してきたのでしょうか。

(ライター 合田百恵)

印刷界の革命児 ー顧客ニーズに応え続けた先に見えたものとはー

今回の登壇者は藤原印刷の3代目となる藤原隆充さんです。藤原印刷は隆充さんの祖母の藤原輝さんが創業した会社で、タイピストだった彼女が印刷業に1955年より踏み切ったのが最初です。

現社長の藤原愛子さんは隆充さんの母にあたり、弟の章次さんとともに兄弟で経営に参画しています。隆充さんは大学卒業後は印刷業に興味がなく、経営を学ぶ目的で他社に勤務していました。弟の章次さんも同様に他社で働いていましたが、藤原印刷を継ぐことを決め、兄の隆充さんを説得して一緒に藤原印刷に入社したそうです。

当時の藤原印刷の仕事は、出版社からの仕事が大半を占めていました。つまり、効率やスピード、価格で勝負しなければなりません。業界全体で見てもマーケットが縮小していく中、「10年後、20年後、会社はどうなってしまうのか」「従業員の給料が払えるのか」と不安がありました。小ロットや小品種の印刷、電子書籍など様々なチャレンジをしましたが、なかなかうまくはいかず、入社からの約3年間は日々、兄弟で議論を繰り返していきました。

ターニングポイントは、ふとした瞬間に訪れました。2012年末、学生の企画として話題になったファッションやアートに関する雑誌が出版されたのですが、その当事者が販売されている出版物の仕上がりに残念な想いをしていることを、弟で営業担当の章次さんが知ります。「どうにかしたい」と思った章次さんは、直接連絡を取り、再版を提案。クライアントは資金的に余裕もなかったため、大幅に安い単価で受託しました。社内では猛反対があったそうです。しかし、これが大きな転機になりました。

高い印刷技術がいる難しい案件であったために、それを藤原印刷が引き受けることによって自社の品質を伝える好事例になりました。業界では話題にあがっていた作品であったため、初回との品質の違いを示すことができたと振り返っています。

このことをきっかけに、印刷物を活用して個性を表現したいと願うデザイナーからの連絡がだんだんと増えていきました。「こんな表現をしたいのに、相談した印刷会社ではできないそうで……」というデザイナーとの会話に、藤原さんは課題意識を持つようになります。「表現の自由や幅を狭めているのは、これまでのやり方や常識に囚われている自分たち印刷会社なのではないか」、と。

難問は、パワーアップするチャンス

近年、既存のマーケットでは印刷物の需要は下がる一方です。しかしだからといって、表現をしたいと願う人々の気持ちが減っているわけではありません。特にインターネットが浸透してきたことにより、表現することへのハードルが大きく下がりました。そして表現したい人々が増えるとともに、クリエーターという新しい顧客層も拡大していきました。

もちろんそのようなクリエーターの中にはインターネット上を表現の場として選ぶ人も多くいますが、同様に紙媒体を活用した表現を求める人も増加しています。まさに藤原印刷がリーチしたニーズは、そのような背景からだったのです。

クリエイターの「表現したい」というニーズは強く、そして求める質も高い。例を挙げると、「一枚ずつ印刷する紙を変えたい」「全国の印刷会社に眠っている使われていない紙をかき集めて使いたい」など、独創的な発想力は、これまでの印刷業界における常識を超えてきます。しかし藤原印刷は、これを「自社の能力を高めるチャンス」と捉えて、応えるよう努力していきます。

要望をすべて鵜呑みにするのではなく、「できないものは、できない」と断ったり、「こうした方が良いのでは?」と提案したりと、誠心誠意、相手に尽くしていきました。難問に応え続けてきたことで、藤原印刷だからこそできる印刷物や、顧客の予想を超える提案までも可能になりました。

そうした試みの中でレベルアップをしていく組織の現象を、藤原さんは「サイヤ人理論」と名付けます。

「サイヤ人は、死に際に回復すると、パワーアップするじゃないですか。大変な案件の仕事をすればするほど、できないと感じる心理的ハードルを越え、現場の技術力もパワーアップしていき、その次の案件の時には難なくこなしていくことができる」

このような取り組みを通じて現場と営業のレベルが上がり、高単価での受注ができているそうです。

顧客との制作過程において藤原印刷が大切にしているのは、その過程に顧客が関われる体験を用意すること。例えば印刷の過程では、顧客に印刷所まできてもらって印刷プロセスを共有し、その出版物に自身のサインを書いてもらったり、裁断する前の仕上がりを共有したりしています。

実際に刷り上がる場に立ち会うことは顧客側にとっても良い体験になりますし、それを顧客が周囲の方々に発信してくれることで、「藤原印刷と一緒に仕事をしたい」と思う方々が増えていくことにもつながっています。

顧客によって組織が変わっていく

従来の常識とは異なる仕事を行うために必要なのは、スタッフみんなの認識を変えていくことです。最初はなかなか組織は変わらなかったのですが、それは顧客との対話によって徐々に変わっていきます。そして、その変化の波は製造部門にも影響を及ぼしていきました。

当初は、困難な受注やこれまでやったことがない取り組みに対して、スタッフの理解を得ることは容易ではなかったそうです。そのため初期段階では、藤原兄弟と一部のスタッフの少数精鋭で土台を作り、5年間ほど顧客のあらゆる想いの表現に寄り添い続けました。

変化のきっかけは、顧客が工場の見学や立ち会いに来るようになってから。顧客からの新鮮な感想や、自社の仕事を見て感動してくれるという体験が、スタッフの意識を徐々に変化させていきました。藤原印刷では2019年より「心刷祭」というイベントを行っています。これは工場の稼働を丸一日止めて一般の方を招待し、様々な催し物を実施するお祭りです。これらの取り組みによって、「工場は印刷をする場」という認識から、「藤原印刷の仕事は表現者を支援すること」という自社の存在意義を更新する意識が生まれていきました。

(藤原印刷 Facebookより)

さらに、「作った本を売る場所が欲しい」という顧客の声に対し、「印刷屋の本屋」を始めるなど、藤原印刷独自の可能性も広げていきました。

心刷の大切さ、今後のビジョン

「愛される企業とは?」という問いに対し、藤原さんの言葉が象徴的でした。

「“目の前のお客さんをどれだけ喜ばせられるか”ということに尽きると思っています。お仕事をいただく時に、『ありがとう』と言える機会が3回あると思います。受注した時と納品した時。もう1つは、入金してもらった時。(中略)誰でもやれることだけど実はやれてないことがたくさんあると思うので、そういうことをやっていきたいです」

藤原印刷の社訓「心刷」という精神。表現者のバックグラウンドや心意気、そうした文字の奥にある見えないモノを、大切に印刷すること。

どうすれば顧客が満足できるのか、相手の想いを丁寧に見つめ、誠心誠意で応え続ける。そうした共同作業の中で、藤原印刷も成長し続けていく。厳しいといわれる市場だからこそ、現実と向き合いながら、「顧客満足度」というものさしを根底に、藤原さん自身が藤原印刷の変化を楽しんでいるように感じました。

今後は、「自己表現するならば、藤原印刷」といわれる企業に、そして、「個人が本を作り、表現する」という行為自体をさらに増やしていきたいと語られていました。海外への展開も視野に入れながら、さらにあらゆる人の想いを心刷していく活動に注目です。

(藤原印刷 Facebookより)

【企業】藤原印刷株式会社 【地域】日本(長野) 【規模】93名 【業種】印刷業 【HP】https://www.fujiwara-i.com/